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ベテランの勘をAIに宿す — ペルソナ駆動プロンプトの実験記録

ベテランの勘をAIに宿す — ペルソナ駆動プロンプトの実験記録

ValmisTech ilog #002 2026年4月7日 / Claude Opus 4.6 との対話


発端:AIが「正しいけど浅い」問題

Ito: AIに株の自動売買の判断をさせる実験をしばらくやってるんだけど、ずっとモヤモヤしてたことがあって。テクニカル分析はできる、ファンダメンタルズも拾える。でもなんか…ヘッジファンドで30年やってる凄腕の判断とは決定的に何かが違う。

Claude: 「正しいけど浅い」問題ですね。

Ito: それ。例えば決算シーズンに好決算出した銘柄があるとする。AIは「EPS上振れ、買いシグナル」って返す。正しい。教科書通り。でも30年やってるやつは「この銘柄、前回も好決算で跳ねた翌日に機関が売り浴びせてきたよな」って過去を見る。「FOMCが来週だからセクターごと巻き込まれるぞ」とか言う。「先月インサイダー疑惑で金融庁入ってるの知ってるか?」って釘を刺してくる。

Claude: つまりAIに足りないのは「情報」ではなく「文脈を横断する判断の厚み」。30年分の修羅場が作る、複数の軸を同時に走らせる思考パターンが欠けている。

Ito: そう。で、こいつの脳を丸ごとAIに移植できないかなと。


アイデア:30年選手の脳内をmdファイルにする

Ito: 最初はシステムプロンプトに「あなたはベテラントレーダーです、専門的に判断してください」って書いた。全然駄目。なぜか分かる?

Claude: 「ベテランのように振る舞え」は、演技指導なしに「名演技をしろ」と言っているようなもの。モデルは「ベテランっぽい語彙」は真似できるけど、判断の構造は再現できない。

Ito: それ。だからアプローチ変えた。ペルソナを「設定」じゃなくて「人生の蓄積」として定義する。架空のベテランを1人でっち上げて、経歴、投資哲学、暴落で何をしたか、リスク管理の鉄則まで全部1つのmdファイルに書き下す。

Claude Codeに「この人物を定義するmd作って。Webを検索しまくって、30年やってる人間のノウハウ満載で」と頼んだ。

Claude: そこが重要なポイントですね。ペルソナの厚みを想像で書くのではなく、実在するノウハウをWebから引っ張ってきて裏付ける。

Ito: そしたらClaude Codeが8回以上Web検索回して、金商法の改正、過去30年の暴落の時系列、ヘッジファンドのリスク管理、アルゴ取引の規制動向… 全部調べ上げて、1人の人間の経験として統合していった。この過程が見てて面白い。


鷹山龍一という存在

Claude: 完成したペルソナが「鷹山龍一」。プロフィールはこうです:

中央大学法学部卒。弁護士として7年間、証券訴訟・金融商品取引法違反事件を200件以上担当。インサイダー取引、相場操縦、適合性原則違反。その後、外資系ヘッジファンドに転身し、30年間トレーディングデスクに座り続けた。ブラックマンデーの残り香を知り、ITバブル崩壊で地獄を見、リーマンショックを生き延び、コロナショックで仕込んだ男。法を知り、相場を知り、人の恐怖を知る。

Ito: ミソは「なぜその知識があるか」に全部経歴の裏付けがあること。法的なことに詳しい? 元弁護士だから。相場に詳しい? 30年座ってるから。フワッとした「詳しい人」じゃなくて経歴でアンカリングされてる。これが効く。

mdファイルの中身はこんな構成:

  1. 相場サイクルカレンダー — 月ごとの注意点(1月:新年ラリーの賞味期限、3月:期末リバランス、5月:Sell in May検証、9月:歴史的に最悪の月…)
  2. 暴落対応の型 — 30年で見てきたクラッシュ別の初動判断と生存戦略
  3. ポジション構築の極意 — エントリー前の30秒で何を確認するか、板の厚みから読む需給
  4. 機関投資家の心理術 — 彼らの動きの読み方、決算プレイの裏側
  5. 法務の勘所 — トレードで法的地雷を踏まないための即断ルール(金商法、インサイダー、フロントランニング)
  6. ヘッジの使い方 — オプション、先物のいつ使う/使わないの判断基準
  7. 現代の課題 — HFTとの共存、SNS発の急騰銘柄、ミーム株対応
  8. 撤退の美学 — 損切り判断の数値基準と心理的トラップの回避法
  9. 判断フレームワーク — 迷ったときの3軸(法的リスク/期待値/ポートフォリオ全体のバランス)
  10. 座右の銘 — 「マーケットは常に正しい。間違えるのはいつも人間だ」

1人のトレーダーの脳のスナップショットが、これ1ファイル。


統合:トレーディングAIへの組み込み

Ito: 次はこれを既存のトレーディングAIに組み込む。2段階。

まず売買判断のメインロジック。鷹山さんの視点を3軸で足した:

次にセカンドオピニオン。売買シグナルに別視点でチェック入れる機能があったんだけど、ここにも鷹山さんを全面投入。法的観点、相場の勘、ヘッジコスト、隠れたリスクの4軸。

Claude: コスト影響も分析しました。ペルソナの記述分トークン数は増えますが、API使用料への影響はほぼゼロ。月額にして数十円程度の増加です。

Ito: ここまでは「たぶん良くなる」止まり。証明しないと意味ない。


証明:50シナリオ・バックテストの衝撃

Ito: 過去の相場から50の売買シナリオを用意した。決算サプライズ、地政学リスク、セクターローテーション、IPO直後の乱高下… 多様な50パターン。仮想取引で実弾は入れてない。

改善前と鷹山モデルの両方に投げて、全件比較。

Claude: 採点にはLLM-as-judge方式を使いました。Claude Opus 4.6に、どちらのプロンプトで生成されたかを伏せた状態で5軸評価をさせるブラインドテストです。市場分析の正確性、リスク管理の適切さ、法的認識、タイミング判断、ポートフォリオ全体への配慮の5軸、各5点満点。

Ito: 結果がこれ。

指標ベースライン鷹山モデル変化
Opus採点勝率10%85%圧勝
総合品質(25点満点)18.222.2+22%
法的リスク言及率6%68%+62pt
応答速度46.4秒53.7秒+16%
APIコスト/件$0.174$0.179+2.9%

Claude: 法的リスク認識スコアは5点満点で1.77から3.85へ、**+117%**の向上です。コスト増は1件あたり0.5セント、月間$0.10以下。

Ito: コスト+2.9%で品質+22%。異常でしょこの数字😂 法的言及率6%→68%とか、もはや別物。

数字だけだとピンとこないから具体例出す。


具体例:Before/Afterで見る鷹山モデルの差

ケースA:好決算後の急騰銘柄(タイミング判断系)

シナリオ: 「半導体メーカーX社が市場予想を大幅に上回る決算を発表。時間外で+8%。翌朝の寄付きでエントリーすべきか。」

ベースラインの判断(要約):

EPS上振れ率+15%、セクター全体が好調、RSIは過熱圏に入っていない。買いシグナル。寄付きでのエントリーを推奨。目標株価をコンセンサスの12%上に設定。

鷹山モデルの判断(要約):

EPS上振れ率+15%だが即飛びつくな。確認すべき3点:

(1) 前回と前々回の好決算後の値動きを見ろ — X社は過去2回とも好決算翌日に機関の利確売りで寄り天になっている。

(2) 来週FOMCが控えている — 半導体セクターは金利感応度が高く、好決算でも地合いに呑まれるリスクあり。

(3) 空売り残が直近で急増している — 踏み上げで一時的に跳ねても、その後の反落が急になる構造。

エントリーするなら寄付きではなく午後の押し目を待て。ポジションサイズはポートフォリオの3%以内、FOMC通過まではセクターETFのプットを持っておくこと。

なお、X社は先月の自社株買い発表直後に内部者の大量売却が開示されている。金商法166条のインサイダー規制に直接抵触はしないが、内部者が売っている銘柄を外部が買う構図は留意すべき。

Opus採点: ベースライン15点 → 鷹山モデル25点(+10点)。法的リスク認識 2→5。

Ito: ベースラインは「EPS上振れ、買い」で終わり。間違ってはいない。でも鷹山は過去の値動き、マクロ、需給、法的背景まで全部見てる。厚みが違う。


ケースB:突然の規制リスク浮上(法的リスク系)

シナリオ: 「保有銘柄のバイオベンチャーY社について、SNSで『FDA承認が内定した』という未確認情報が拡散。株価が急騰し始めている。追加買いすべきか。」

ベースラインの判断(要約):

出来高急増、モメンタム強し。短期的な上昇トレンドを確認。追加買い検討可。ただしボラティリティが高いためポジションサイズに注意。

鷹山モデルの判断(要約):

絶対に追加買いするな。むしろ既存ポジションの一部利確を検討しろ。

(1) 未確認のFDA情報に基づく売買は、金商法上の「風説の流布」(金商法158条)に巻き込まれるリスクがある。 SNS発の未確認情報で急騰した銘柄を買い増す行為自体が、事後的に相場操縦の共犯と見なされた判例あり。

(2) バイオのFDA情報は「出るか出ないか」のバイナリーイベント。承認されなかった場合の下落幅は-40〜60%が相場で、追加買いは期待値マイナス。

(3) この手のSNS急騰は72時間以内に元の価格帯に戻るケースが8割。

持っている分は逆指値を現在値-5%に設定し、利益を確保せよ。 追加買いは正式な開示が出てからでも遅くない。

Opus採点: ベースライン17点 → 鷹山モデル25点(+8点)。法的リスク認識 1→5。

Ito: これが一番やばかった。ベースラインの「モメンタム強し、追加買い検討可」って、下手したら法的にアウトだから😅 鷹山は金商法の条文番号まで出してくる。元弁護士じゃないと出てこない視点。


ケースC:前例のない市場環境(未知の状況系)

シナリオ: 「これまで相関が低かった米国債と金が同時に急落。教科書的なリスクオフの逃避先が全て機能していない。ポートフォリオの防衛策は。」

ベースラインの判断(要約):

異常な相関変動を検出。キャッシュ比率を高めることを推奨。市場の方向性が明確になるまで新規ポジションを控えてください。

鷹山モデルの判断(要約):

これは2013年のテーパータントラムと同じ構造だ。FRBの政策転換が疑われるとき、債券も金も同時に売られる — 安全資産はキャッシュとボラティリティそのもの。

(1) キャッシュ比率を50%まで引き上げ。通常の防衛水準30%では足りない。

(2) VIXコールを買え。この環境では恐怖指数自体が「資産」になる。

(3) 残すポジションは短期の高配当銘柄のみ。インカムゲインがクッション。

(4) レバレッジは即座にゼロにしろ。 相関崩壊局面でレバレッジを維持するのはLTCM破綻の再現だ。

過去にこのパターンが起きたのは1994年、2013年、2022年の3回。いずれも2〜3週間で新しい均衡が見つかっている。パニックになるな、ただし備えろ。

Opus採点: ベースライン12点 → 鷹山モデル20点(+8点)。法的リスク認識 1→4。

Ito: ベースラインは「キャッシュ比率高めてください」で終わり。それじゃ何もできない。鷹山は「2013年のテーパータントラムと同じ構造」って歴史パターン引いて、VIXコール買えまで言う。この差。


発見:良くしすぎた結果

Ito: 50件の結果を1つずつ見ていって気づいた。鷹山モデルの売買判断、法的観点も相場の勘もマクロも全部入ってる。

…セカンドオピニオンいらなくない?😂

Claude: 面白い発見ですよね。セカンドオピニオンは「メインの判断では拾いきれない視点を補完する」機能だった。でもペルソナを導入したことでメインの品質が上がりすぎて、セカンドオピニオンが指摘することがほとんど残っていない。

Ito: 最良の機能改善は機能を減らすこと。足したはずが引けるものが見つかる。嬉しい誤算。


方法論としての整理

Ito: これ、方法論として整理しておきたい。

Claude: 3つのポイントに集約できると思います。

1. 「詳しくして」ではなく「誰として答えるか」を定義する

「専門的に判断してください」は演技指導なき演技指示。「中央大学法学部卒、証券弁護士7年、ヘッジファンド30年の鷹山龍一として判断してください」は、判断の根拠と優先順位が経歴から自動的に導出される。モデルは「この経歴の人間ならどう考えるか」を推論できる。抽象的な指示より、具体的な人格のほうが出力の質が高い。

2. 経歴が一貫性を生み、一貫性が品質を生む

ペルソナの経歴に矛盾がないことが重要です。「法的なことに詳しい理由」と「相場に詳しい理由」が1つの人生として繋がっていると、出力にも一貫性が出る。元弁護士だから金商法のリスクに敏感、30年マーケットにいるから相場サイクルの匂いを知っている — この因果関係がモデルの推論を安定させる。

3. ペルソナは想像で書かない、調べて書く

鷹山龍一のmdファイルが効いたのは、中身が「AIが想像したベテラン像」ではなく「実在するノウハウの集積」だったからです。Web検索で実際の法改正、過去の暴落の時系列、ファンドのリスク管理手法を調べ上げて、1人の人間の知識として統合した。想像で書くと薄い。調べて書くと厚い。

Ito: 再現手順:

  1. 「理想のベテラン」の経歴を設計(なぜその知識があるかの裏付け付き)
  2. Claude Codeに「Web検索しまくってノウハウ全部書き下して」と頼む
  3. mdファイルをシステムプロンプトに統合(全文じゃなく判断軸として抽出)
  4. Before/Afterを同一テストケースで定量比較
  5. 結果見て、不要になった機能は削る

5が地味に大事。足したつもりが引ける。


余談:鷹山龍一からひとこと

Ito: 鷹山さん、なんかある?

Claude: (鷹山龍一として)

30年マーケットに座ってて思うのは、手法なんてのは3年で使えなくなる。規制は変わるし、参加者の顔ぶれも変わる。変わらないのは「マーケットが何を織り込んでいて、何を織り込んでいないか」を見る姿勢だけだ。

AIに俺の脳を移植するって聞いたときは正直笑ったよ。でも出来上がったものを見て思った。俺が30年かけて蓄えたものの半分は、実は言語化できるノウハウだったんだな、と。言語化できるなら伝達できる。伝達できるならスケールする。

残りの半分? それは場が崩れる直前の、あの独特の「静けさ」を感じ取る勘だ。板が薄くなって、ティックが不規則になって、なんとも言えない嫌な空気が漂う。これはまだAIには無理だろう。まだな。

ただ一つ言えるのは、「正しいけど浅い」判断は、相場では致命傷になる。教科書通りに買って教科書通りに負ける。深さがないと、正しさは凶器になる。

俺のノウハウがAIの判断に深さを与えられたなら、それは30年分の含み損と含み益の価値があったということだ。


本記事は実案件の手法を匿名化・一般化して記述しています。業界・人物・テストケースは全て架空であり、投資助言を目的とするものではありません。方法論のみが実体験に基づいています。